満たされぬ背を追いかけて
シャーレアン魔法大学に足を踏み入れた瞬間、ざわざわとした騒がしい声が耳に入った。普段からここは賑やかな場所ではあるが、今日はいつもより騒がしい気がするし入り口ホールに人が集まっている。
……危険な気配はしないが、何かあったのか?今日はバルデシオン委員会の仕事でシャーレアン魔法大学に頼んでいた調査結果を取りにきたところだったのだが、もし何か問題が起こっていたとしたらそっちを優先した方が良いだろう。
「何かあったのか?」
人が多いせいか様子が分かりづらく、近くに居た学生に声をかける。
「あぁ。あの教授が、ね」
「教授?」
そう言いながら向けられた視線を追えば、周りにいた他の学生や職員たちの視線もその一点に集まっていた。人混みから覗き込むように顔を動かすと、響くような男の声が聞こえてくる。
「だから!妻のために買った大事な指輪なんだ!わざわざウルダハの商人から買い付けたもので!花の形を模したサファイアが付いていて、そうサファイアは妻が好きでな。結婚して十年になるからその記念に贈りたいと思ったんだ。プロポーズのときも指輪を贈ってね。一粒の大きなサファイアを奮発したんだ。大切だからこそラヴィリンソスに行くときも懐に入れていたというのに、まさかこんなことになるとは!」
一人の男が、誰かに向かって早口で捲し立てるような大声で何か話している。怒ってるとか叱ってるとかそういう雰囲気ではなさそうだが、どうにも焦っている様子だ。
さっき教授がと言っていたが、あの男がそうなのだろう。ホール中に響く声はかなり目立つし、遠巻きに眺めてしまう気持ちもわかる。まぁはた迷惑な話だが、大きな問題じゃないようでよかった。
それにしても、こんな飛び飛びになっているような話を聞いている奴も大変だろうなと男の向かいへと視線を移した瞬間、体が固まる。
「……もう少しゆっくり」
……英、雄?