家に帰ろう
ジリリ──と、テーブルに置いていたクロノメーターがアラームを鳴らした。
その音を合図に本から目を離す。ついさっきまで正面から浴びていたはずの白い日光は、赤色に色を変え、西から差していた。
「っと、そろそろか……」
本を閉じて積み上がった山へ戻す。
積み本の解消にはまだ数日はかかりそうだ。まぁ、その積み本を片付ける頃にはまた数冊増えていそうだが。
適当にまとめて結んでいた髪を解き、手櫛で整える。三つ編みをさっと作って、外出前のチェックを始める。
財布、持った。鍵、これも持った。荷物がかさばった時用の折りたたみ袋は──おっと、しまう場所がない。まぁ、ポケットにでも突っ込んでおけばいいか。
家中ををぐるっと回り、戸締まり確認をして、先程座っていたテーブルに帰ってきた。壁に掛けてあるコルクボードが視界に入る。
『九時 クリスタリウムのホルトリウム園芸館で薬草採取の手伝い
十一時 スウィートシーヴ果樹園で収穫の手伝い・昼食
十四時 ミーン工芸館で倉庫整理の手伝い』
簡潔に書かれたメモは、オレが書いたものだ。
記憶力に問題を抱える冒険者のため、特に忘れてはならないもの──たとえば依頼とか──をメモに書いて、ここに貼っておく。冒険者は朝と夜にこれを確認して、依頼などがあれば現地へ向かう。
それが、この家で過ごす間に二人の習慣になっていた。
『何もなければ多分十八時くらいに帰宅』
最後に、朝になって増えていた走り書きのメモが一つ。筆跡は彼女のものだ。
"帰宅"という文字列に口元がどうにも緩んでしまって、手の甲で口を隠した。誰が見るわけでもないのに。
§
外に出ると、夕方独特の通り風が庭の草を揺らしていた。少し肌寒いが、この程度は歩けば体も温まるだろう。
ドアに鍵をかけたタイミングで、背後でエーテルがゆらめくのを感じた。振り返れば、この家の所持者──冒険者がそこにいた。